「また同じことを繰り返してしまった」という感覚、経験したことがありますか。転職して環境を変えたのに、また適応障害になってしまったとき、私が感じた感覚です。福祉業界の2社目に転職して半年ほど経った頃、3回目の適応障害と診断されました。
転職で状況が変わらなかったことで、「環境を変えても意味がなかった」という絶望に近い感覚が続いていました。退職を決めてからも「逃げたのではないか」という気持ちが消えず、上司への報告では言葉が詰まりました。「もう耐えられません」という言葉しか出てこなかったのです。
本記事では、退職を決める前に職場で感じていたことや決断のきっかけになった出来事について話します。退職直後から療養期間にかけての正直な気持ちについても書きました。「辞めていいのか」と迷っている人は、ぜひ最後までご覧ください。
※本記事は私個人の体験をもとに書いています。メンタル面でお困りの人は医療機関にご相談ください。
退職を決める前の私の状態

退職を決める前の私の状態について、下記の2点を解説します。
- 職場で感じていたこと
- 仕事に向かう前に感じていたこと
職場で感じていたこと
福祉2社目に転職したとき、「環境が変われば違うかもしれない」と期待していました。実際、最初の頃は「今度はうまくやっていけるかもしれない」という感覚がありました。ただ、3か月ほど経った頃から、じわじわとした違和感が戻ってきたのです。会議で発言するたびに、自分の意見がうまく伝わらない感覚がありました。
業務のスピードについていけているはずなのに、「自分だけ浮いている」という感覚が消えなかったのです。「なぜ私だけ消耗しているのか」と、毎日のように考えていました。「なじめない」という感覚は、1社目のときとあまり変わりませんでした。
職場が変わっても、同じことが繰り返されていると気づいたとき、絶望に近い気持ちになったのです。「自分はどこに行ってもダメかもしれない」という考えが、頭から離れなくなっていたのです。
仕事に向かう前に感じていたこと
限界が近づいていることは、体が先に知らせてきました。朝、目が覚めても起き上がれない日が増えたのです。布団の中で「今日も仕事に行かなければ」と思うのですが、体が動かない。体が動けないまま30分、1時間と時間だけが過ぎていく朝が続いていました。
「疲れているだけだ」「慣れれば変わる」と自分に言い聞かせながら、職場に向かう日々が続いたのです。振り返ると、職場に向かうまでの時間が1番しんどかったかもしれません。最寄り駅のホームに立つたびに、「このまま乗り込んでいいのだろうか」という気持ちが浮かんでいました。仕事そのものが嫌いなわけではありません。
ただ、「また今日もうまくやれないかもしれない」という予感が、足を重くしていたのです。気の沈みが積み重なって、「もう無理かもしれない」という感覚に変わっていきました。
退職を決断した瞬間のこと

退職を決断した瞬間のことについて、下記の2点を解説します。
- 決断のきっかけになった出来事
- 周囲への説明と反応
決断のきっかけになった出来事
3回目の適応障害と診断されたのは、福祉2社目に転職してから半年ほど経った頃のことです。「また繰り返してしまった」という感覚が強かったです。1回目、2回目と経験してきたにもかかわらず、同じことになってしまったという自己嫌悪は、言葉にならないほどでした。
休職に入ってから、「職場を変えるだけでは状況が変わらない」という確信がよぎりました。「職場になじめない感覚」が変わらずあったのです。環境を変えても繰り返されるのであれば、根本的なところを変えなければならないのではないかと感じました。
退職を決めたのは、「もう続けられない」という気持ちが固まったからです。「転職が正しい判断だった」と断言できるわけではありません。ただ、「続けていても同じことが繰り返された可能性が高い」とは、感じています。
周囲への説明と反応
退職を決めてから、上司に報告するまでの数日間は、頭の中でシミュレーションを繰り返していました。「どう切り出せばいいか」と考え続けていた記憶があります。実際に上司に話したとき、私が使った言葉は「もう耐えられません」というものでした。詳しい説明をしようとしたのですが、うまく言葉にならなかったのです。
言葉が詰まってしまったこともあって、正直に話しました。上司の反応は、責められるものではありません。「そうか、わかった」という受け止め方をしてもらえたと記憶しています。引き止められるかもしれないという不安は、杞憂に終わりました。上司に伝えた後も、「退職してよかったのか」という気持ちは消えませんでした。
「もっとうまい言い方があったのではないか」という気持ちが後から浮かんできたことも事実です。伝え方に正解があるとは思いません。私の場合は、正直に話すしかない状態だったのだと感じています。
退職後に感じたこと

退職後に感じたこととして、下記の2点を解説します。
- 退職直後の正直な気持ち
- 療養期間に考えていたこと
退職直後の正直な気持ち
退職が決まった日の夜、「ほっとした」という気持ちよりも、「生活はどうなるのか」という不安が先に来る感覚でした。職場に行かなくていいという安堵はありました。ただ、「早く転職活動を始めなければ」という焦りが、じわじわと押し寄せてきたのです。「逃げた」という感覚は、退職直後が1番強かったのを覚えています。
公務員や福祉職は、「人を助ける仕事」として社会的な意義があると感じていました。仕事を辞めてしまったという罪悪感は、「また逃げた」という言葉となって、頭の中で繰り返されます。ただ、退職から2〜3週間が経つにつれて、体が少しずつ楽になっていくのを感じました。
朝、目が覚めたときに「今日も職場に行かなければ」という重さがない。職場に行かずに済んでいるだけで、体が軽くなった感覚がありました。「逃げた」という罪悪感がすぐに消えたわけではありません。ただ、「体が楽になっている」という事実が、少しずつ「辞めてよかったかもしれない」という感覚に変わったのです。
※本記事は私個人の体験をもとに書いています。メンタル面でお困りの人は医療機関にご相談ください。
療養期間に考えていたこと
退職後、約1か月間は転職活動をせず、療養期間として過ごしました。ただ、「何も考えない」という状態にはなれなかったのです。常に漠然と、「次はどうするか」が頭の片隅にありました。療養中に、執筆関係の仕事に応募したこともあります。フリーランスで働ければ職場に通わなくていいという動機もありました。
しかし、最終選考まで進んだものの、結果は不採用でした。転職先として塾業界を選んだのは、3つの根拠が重なったからです。
- 教育学部を卒業していたから
- 公務員時代に教育委員会に配属されたから
- 塾の仕事を経験していたから
上記の3点が「教育の仕事なら自分に合っているかもしれない」という感覚につながりました。適応障害を3回繰り返していても、別の業界への転職は可能でした。
まとめ

退職は、正解か不正解かで語れるものではありません。少なくとも私の場合は、「続けても同じことが繰り返される」という感覚が固まったときに、退職を決めました。適応障害を3回経験し、ブランクが合計3年以上あった私でも、今は教育業界で仕事を続けられています。転職が「成功した」と言い切れるかどうかはわかりません。
ただ、「退職したことで人生が終わった」わけではなかったのです。辞めることをためらっているなら、休んでみることも選択肢の1つだと考えます。退職か継続かを判断するのは、休んでからでも遅くありません。じっくりと自分のこれからを考える時間は、決して無駄にはならないはずです。
同じ状況で迷っている人に、本記事が少しでも参考になれば嬉しいです。
※本記事は私個人の体験をもとに書いています。メンタル面でお困りの人は医療機関にご相談ください。

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