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「逃げ」じゃない。メンタル不調で退職することへの罪悪感の手放し方

「あんなに恵まれた環境だったのに、私は逃げただけなのかもしれない」。退職が決まった夜、安堵よりも逃げた感覚の方が強く残っていました。福祉2社目を退職し、療養から1か月ほど経った頃も、罪悪感は同じペースでは消えませんでした。体は少しずつ楽になっているのに、「職場の人たちはどうしているのだろう」という考えが押し寄せてくる。

悩み苦しむ日々が続いていたのです。本記事では、3回の適応障害を経験した私が「人を助ける仕事だからこその罪悪感」との向き合い方について解説します。罪悪感を抱えたまま転職活動に踏み出すまでの気持ちの変化についても書きました。「逃げているだけではないか」と自分を責めている人は、ぜひ最後までご覧ください。

※本記事は私個人の体験をもとに書いています。メンタル面でお困りの人は医療機関にご相談ください。


目次

なぜ「逃げた」と感じてしまうのか

退職直後から、私は「逃げた」という感覚に何度も向き合うことになりました。下記の2点について解説します。

  • 人を助ける仕事だからこそ強くなる罪悪感
  • 他の仕事なら罪悪感を感じなかったのか

人を助ける仕事だからこそ強くなる罪悪感

福祉の仕事は、人の役に立てる実感がある仕事でした。障害のある子どもへの支援に携わっていた私にとって、支えられる側に回ってしまうことへの抵抗感は強かったです。公務員として働いていた頃も、感覚は近いものがありました。地域の人たちのために働く立場でありながら、自分自身が体調を崩して離脱する。

「人を助ける仕事なのに、自分は迷惑をかけている」という感覚が、頭をよぎったのです。仕事内容への不満はなかったからこそ、「辞めていいのか」という迷いが強くなったのだと感じます。

他の仕事なら罪悪感を感じなかったのか

正直に言うと、今もはっきりとした答えを持てていません。ただ、福祉2社目を辞めるとき、「人を助ける仕事だから」という理由だけでは説明しきれない罪悪感もあったと感じています。採用してくれた職場への申し訳なさ、期待してくれた同僚への後ろめたさ。

福祉や公務員に限らず、どんな仕事を辞めるときにも生まれうる感覚だったのかもしれません。ただ、福祉や公務員という仕事には、もう1つ層があったように感じます。「人を助ける」役割を背負っているからこそ、「助けられる側になってはいけない」という思い込みが働いたのではないか。

「人を助ける仕事だから罪悪感が強い」と一括りにするつもりはありません。ただ、私の場合は、仕事の性質と、置かれた状況が重なって、罪悪感が積み重なっていったのだと感じます。


療養期間から転職活動が動き出すまでの罪悪感の変化

退職して終わりではなく、罪悪感は形を変えて続きました。下記の2点について解説します。

  • 退職直後の感覚
  • 療養1か月を過ぎても消えなかった罪悪感

退職直後の感覚

退職直後に感じた「逃げた」という感覚については、下記の記事で詳しく書きました。退職が決まった日の夜は、安堵よりも「また逃げた」という罪悪感の方が強かったのを覚えています。詳細は下記の記事をご覧ください

適応障害で3回退職した私が、福祉の仕事を辞めると決めた日のこと【実録】

療養1か月を過ぎても消えなかった罪悪感

退職から1か月ほど経った頃、体は少しずつ楽になっていきました。ただ、罪悪感が同じペースで消えていったわけではありません。誰かと話しているときや、求人サイトを開いているときよりも、1人で過ごしている時間にふと押し寄せてくる感覚の方が強かったのです。

夜、静かな部屋で1人でいるとき、「今頃、職場の人たちはどうしているのだろう」という考えが浮かびました。特別な出来事があったわけではありません。ただ何もしていない時間にこそ、罪悪感が顔を出しやすかったというのが実感です。体は楽になっているのに、気持ちは晴れない。

「体が楽になっている」という事実と、「逃げた自分を責める気持ち」が、同じ時期に同居していました。忙しくしているときは気が紛れるのに、1人で立ち止まった瞬間に、罪悪感がすっと入り込んでくる。逃げた自分を責める気持ちが、療養期間の後半まで続いていたのです。


3回目の適応障害で生まれた「別の種類」の罪悪感

3回目の適応障害は、1回目・2回目とは違う種類の罪悪感を私に残しました。下記の2点について解説します。

  • 1回目・2回目とは違う自分への失望
  • 自分に失望しても動き出せた理由

1回目・2回目とは違う自分への失望

1回目、公務員を辞めたときの罪悪感は、「安定した仕事を手放すこと」への申し訳なさに近いものでした。2回目、福祉1社目を辞めたときは、「今度こそ」という前向きな気持ちの方が勝っていたのを覚えています。3回目は違いました。福祉2社目でも同じように適応障害になったとき、湧いてきたのは自分自身への失望でした。

「また同じことを繰り返した」という事実が、1回目・2回目のときよりも重く感じられたのです。環境を変えれば良くなるかもしれないという期待が、2社目でも裏切られました。「もう職場のせいにはできない」という感覚につながったのです。

1回目・2回目は「職場になじめなかった」という外側への理由づけができましたが、3回目はできなかった。どうにもできなかった感覚が、「別の種類」の罪悪感でした。

自分に失望しても動き出せた理由

罪悪感を抱えたままでも私が転職活動に踏み出せたのは、感情が整理できたからではありません。生活面の現実的な必要に迫られたからです。療養期間中、貯金は着実に減りました。「罪悪感と向き合い続けていても、生活は成り立たない」という現実が、行動を後押ししたのです。

動かざるを得ない状況が先にあって、動きながら少しずつ気持ちが追いついていった。罪悪感が消えるのを待ってから動き出そうとしていたら、もっと長い時間がかかっていたかもしれません。私の場合は、生活の必要性が背中を押してくれた形でした。


罪悪感とどう付き合ったか【私の場合】

罪悪感は、今もゼロになったわけではありません。下記の2点について、正直に書きます。

  • 考え方が変わったきっかけ
  • 今も完全には消えていないという正直な話

考え方が変わったきっかけ

考え方が変わったきっかけは、教育業界で働き始めてから少しずつ積み重なっていったものです。福祉で経験してきたことが、教育の現場でも生かせると気づいたとき、「何もかも失ったわけではない」と感じました。「逃げた」という捉え方から、「別の場所で続ける道を選んだ」という捉え方に変わっていったのです。

すぐに気持ちが切り替わったわけではなく、日々働く中で、少しずつ切り替えていったというのが実感に近いです。

今も完全には消えていないという正直な話

正直に言うと、罪悪感がすっかり消えたわけではありません。以前のような「辞めたこと」への罪悪感ではなく、形を変えて別の不安として残っています。「同じことを繰り返すのではないか」という不安が、今の職場で何か困難にぶつかったときに顔を出すことがあります。

罪悪感というより、3回の経験からくる用心深さに近いのかもしれません。完全になくなったと書くのは、正直ではないと感じます。ただ、罪悪感を抱えたまま動き出しても、生活が終わるわけではないということは、私の経験として伝えられます。


同じ罪悪感を抱えている人へ

罪悪感を抱えたまま動けずにいる時期は、決して無駄な時間ではないと私は感じました。生活の必要性や小さなきっかけが、動き出す後押しになることもあります。私が実際に動き出したときも、罪悪感が晴れてから始めたわけではありませんでした。

療養から約1か月が経った頃、Indeed・doda・リクルートエージェントの3つに登録するところから始めています。気持ちの整理よりも先に、求人を眺めることから動き出した、というのが正直なところです。最初の1歩を踏み出したい人は、私が実際に使った転職サービスについてまとめた記事もあわせてご覧ください。

ブランクありでも使える転職サービス比較【適応障害・ワーホリ帰国者向け】

「逃げているだけではないか」と自分を責めている人に、本記事が少しでも参考になれば嬉しいです。

※本記事は私個人の体験をもとに書いています。メンタル面でお困りの人は医療機関にご相談ください。


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